姫路城と私んとこの公民館 [わたくしごと]
つまらないと言いながら見ているテレビ
『姫路城』を紹介する番組で、戦争中には黒い網をかけて、目立たなくした姫路の人々の”お城愛”が、空襲から守ったと説明されていました。焼かれた町の中にそびえ立つ天守閣が、当時の写真に残されていました
私が連想したのが、地元の『中央公民館=公会堂』戦争が終わったら=勝ったら、温泉でゆったりするためだと、地元では言い伝えられていますが、本当のところはわかりません。けれど、市内は本当に一度も爆撃されずに戦争が終わりました。隣の県庁所在地は焼け野原にされて、近年でも不発弾が発見されたりしているのにそれも、当時は田んぼだった所で何を狙ったのでしょう???所かまわず!てことでしょうか
話がずれてしまいました。地元の『中央公民館=別府市公会堂』は、昭和3年に吉田鉄郎さん(誰?)の設計で建てられたのですが、古くなって黒ずんで汚いなぁと思っていたら、空襲から守るために!墨汁で黒く塗ったのだそうですまぁ~夜なら目立たないかも知れませんがこれも地元民の愛なんだと、愛おしくなりました今は、改修されて綺麗になっています
『姫路城』を紹介する番組で、戦争中には黒い網をかけて、目立たなくした姫路の人々の”お城愛”が、空襲から守ったと説明されていました。焼かれた町の中にそびえ立つ天守閣が、当時の写真に残されていました
私が連想したのが、地元の『中央公民館=公会堂』戦争が終わったら=勝ったら、温泉でゆったりするためだと、地元では言い伝えられていますが、本当のところはわかりません。けれど、市内は本当に一度も爆撃されずに戦争が終わりました。隣の県庁所在地は焼け野原にされて、近年でも不発弾が発見されたりしているのにそれも、当時は田んぼだった所で何を狙ったのでしょう???所かまわず!てことでしょうか
話がずれてしまいました。地元の『中央公民館=別府市公会堂』は、昭和3年に吉田鉄郎さん(誰?)の設計で建てられたのですが、古くなって黒ずんで汚いなぁと思っていたら、空襲から守るために!墨汁で黒く塗ったのだそうですまぁ~夜なら目立たないかも知れませんがこれも地元民の愛なんだと、愛おしくなりました今は、改修されて綺麗になっています
2024-03-02 23:17
nice!(0)
コメント(0)
コメント 0